ハザードマップ

このページでは、軍艦島の風化の実態と潜在する危険及び危険個所などを紹介します。 ただし、紹介しているものはほんの一部であり、全てを紹介することは出来ないことを 始めにお断りしておきます。

軍艦島は風化が進み、今ではあちこちで崩落が起きています。外見から崩落を 事前に予想できる場合も多いのですが、全く予想出来なかった個所が大崩落した姿も 数回見ております。

過去には上陸徘徊する方も相当数見ていますが、この危険一杯の空間で警戒心を 持って動かれている様には見えなかったことを記憶しています。しかしながら他人の ことは言えないもので、どうしても通行せざるを得ない道中に新たな瓦礫が落下散乱 していることもあれば、一度は入ったことがある空間が天井ごと崩落して埋まった 状況も見ています。

軍艦島は魅力の風景も多いのですが、生死を左右する程の危険個所は年々増えている と感じています。下記写真で実例を紹介しますが、どれほど恐ろしい状況が存在してい るのか実感して頂けると思います。

屋上に増築された住居は簡易構造の為、崩壊のスピードが早く、その変化が容易に分かる程でした。当然のことながら地上には屋上住居のものと分かる瓦礫が無数散乱していました。


建物の直下を通る場合には、屋上や壁の状況を事前に確認したものです。良く見ると、広範囲に渡って淵が崩落寸前になっていることが分かります。


柱や梁には無数の亀裂が走り、一部は剥げ落ちた状態になっていました。一見しただけで、直下を通る場合のリスクの大きさを実感したものです。(写真左)

31号棟の地下には浴場があり、調査目的で入ったこともありましたが、何時しか天井は全面崩落。大量の瓦礫や木材で埋め尽くされていました。(写真右)


屋上にはコンクリート製の煙突がほぼ例外なく存在しますが、風化の進行は止まらず、今では完全崩壊寸前のものも見られる様になっています。(写真左)

誰の目にも落下寸前と分かる状況ですが、僅かな変化の場合には見逃すことも多く、外見上予想も出来なかった個所が突然崩落することもありました。(写真右)


8号棟1階の共同浴場で撮影していますが、柱の一部は裂けていました。(写真左)

コンクリートの柱が裂ける現象は、この島では珍しいものではありませんでした。67号棟で撮影していますが、30号棟や日給住宅でも見ることが出来ました。(写真右)


30号棟は建築から90年以上を経ているので建物の風化は凄まじく、鉄筋の腐食膨張により柱は裂け、内部の鉄筋も剥き出しの所が目立ちました。


日給住宅では、海に近い側の柱や梁の風化が目立っていました。(写真左)

地下浴場入り口にはコンクリート製のひさしが存在しますが、良く見るとひさしの付け根付近に亀裂が走っている様な・・。(写真右)


一見すると何の問題も無い様に見えますが・・・。(写真左)

ボックリとへし折れた断面には変色した部分が目立ちます。恐らく真新しいコンクリート色の部分だけで自重を支えていたと思われます。(写真右)


アパートのベランダには、亀裂が走った所もありました。(写真左)

張り出し型通路2階部分の崩落状況から3階部分の壊れ方を想像しました。(写真右)


張り出し型通路にも亀裂の走った所が存在。傷口が開いていたので、近々崩落する可能性を予感。崩落前の状況記録として撮影しました。


翌年、3階部分は2階と同じ形に断裂。崩落したものは裏返しになっていました。


コンクリートが剥げ落ち、2階の床材が丸見えの所もありました。


張り出し型の山道を裏側から見て気付いたのですが、コンクリートの薄くなった個所が存在。ボロボロの表面には鉄筋が存在した証しが残っていましたが、状況を見る限り大穴が開く日も近い様に感じました。


気になっていた個所は何時しか穴が開いていました。裏側から見たときに恐ろしい状況になっていると気付きますが、穴表面は木材や雑草で覆われている為、足元に注意してもその危険性に気付くことは無理と思いました。落とし穴状態のこの通路は、何れ表面の木材も落ちる程の大穴が開くと思われます。この島には裏から見なければ分からない危険個所や、見ても分からない崩落寸前個所が無数存在。その数は年々増えています。


張り出し型通路は、他にもその付け根の上部が開いた姿の所がありました。今は何とか持ち応えていますが、何れは崩落する時が訪れると思われます。(写真左)

コンクリート地面が資材倉庫へと続き、歩行するには何の問題もない様に見えますが、裏から見ると恐ろしい状況が存在しました。(写真右)


穴の淵はコンクリートが剥がれて薄くなり、鉄筋も本来の状況でないことが分かります。


新65号棟は10階建てのアパートですが、屋上にあった囲いは幅10数mに渡って欠落し、その大部分は生活道路上に落ちていました。周囲の状況をしっかり観察しながら行動していたにも関わらず、この様な形で崩落することを予想することは出来ませんでした。


こんなものが地上に降って来る。何時落ちて来るか分からない。これが軍艦島の現状であり、上陸観光の際に住宅街への立ち入りを許可できない最大の理由です。


日本のコンクリート建築の始まりの地とも言える軍艦島ですが、練り一つ見ても不十分な状況が多々見られ、設計上の強度は確保出来ていない様子が伺えます。


ここは30号棟と31号棟間を結ぶ通路に当たりますが、頭上から降って来たものか、砕け散ったコンクリート片を目の当たりにしたことがあります。30号棟と31号棟間を行き来する際には当り前に通る所でもあっただけに背筋が凍り、頭上の状況を改めて見直したものです。(写真左)

状況からは型枠にざっと流し込んだだけで、その後の処理を省略している様子が分かります。中にはさらさらの砂が残った場所もありました。(写真右)


30号棟は、外見からは分かり難くても、内部崩落で出来た大きな空間が存在。7階から3階まで抜け落ち、2階床の上に瓦礫の山が載ったところがありました。過去にはその直下に入り、行き来したこともあったのですが、軍艦島上陸観光へ参加した2009年には2階の床も抜け落ち、直下の空間は埋っていました。


校舎の窓はガラスが無いところも多いのですが、コンクリートの梁も裂けて崩落した状況も多々見られました。


今にも落ちそうな程にひび割れが進行したところもありました。
近い内の崩落が予想される状況だったので、崩落前の姿として記録しました。


今にも落ちそうに見えていた箇所は、その日の内に自然崩落。数時間後に戻って来た時には、通路の幅を超えて砕け散っていました。


階段には剥がれ落ちたコンクリート片が無数散乱。この島では普通に見られる風景です。


階段表面も年々風化が進行。場所によっては、この写真で見る以上に風化の激しいところがありました。


時々大きな破片が落ちていることがあり、通行はより慎重になりました。(写真左)

中央社宅入り口も例に漏れず、傷みと崩落物が目立ちます。(写真右)

校舎最上階は特に傷みがひどく、天井のモルタルは殆ど剥がれ落ちていました。(写真左)

崩落物の多いところは通り抜けるにも大きなリスクを感じました。落ちかかっているものの有無や状況など、頭上の様子を慎重に確認したものです。(写真右)


日給住宅も場所によっては崩落物の多いところがありました。一旦ひび割れが目立ち始めると、広範囲に崩落するのも時間の問題でした。(写真左)

日給住宅の連絡通路では、柱や梁の傷みが目立っています。(写真右)


65号棟2階から撮影していますが、出入り口付近には無数の崩落物が・・・。 建物へ出入りする際のリスクの大きさを実感しました。(写真左)

張り出し構造は弱いのか、崩落が目立ちました。断面を良く見ると、鉄筋の腐食や直前の傷み具合が一目瞭然で分かりました。


この状況を見るだけでも、建物の傍や直下に立つ時のリスク・通り抜けるときでさえも大きな危険が伴うと分かります。


潮降街は、屋上に増築された住居の残骸が無数散乱。歩き難く、超危険な通行経路でもあります。


清風荘と隣り合う通路も傷みが目立ちます。


鉱業所側に面した東中腹道路も、場所によっては大きな崩落物が存在。通路の一部には穴が開いていました。


地獄段中腹部を撮影していますが、通行経路の途中にもコンクリートの落下物が存在。状況からかなりの高さから降って来たことが想像され、恐ろしくなりました。


コンクリート階段も、もはや崩落寸前。傷みが目立ち始めると、その変化は速いものがありました。


30号棟は内部崩落が凄まじく、居住空間が無数抜け落ちて消滅。この区画とは少し離れた空間にも殆ど同じ状況のところが存在しました。見下ろすと、状況の凄まじさが良く分かります。


30号棟の最上階を撮影していますが、間仕切りは無くなっていて素通しの状態でした。この奥に近い付近も直下に大きな空間が存在。その状況は年々拡大の様相を見せています。


31号棟屋上には残骸の山が残っていました。元は2階建ての簡易住居だったのですが、建物としての面影は無くなっていました。