池島炭鉱
高島炭鉱閉山後、43歳にして池島炭鉱へ再就職。高島炭鉱で7年もの経験があったことから、岩盤や炭層を破砕しながら坑道を造る掘進職に就きました。以下に紹介する映像は、池島炭鉱で働いていた当時秘密裏に撮影した映像で、通常は表に出ることも無い現場の状況を多角的に記録しています。特殊機材を用い、特殊な手法で撮影している為、見苦しい部分が多々ありますが御了承下さい。
01.採炭切り羽の中でも石炭排出口付近を撮影しています。この奥には高さ約3m、延長100m以上の石炭層が続いており、ドラムカッターが切削しながら往復。切り崩された石炭は、チェーン式の「パンツアーコンベアー」に乗り、運び出されていました。機械化が進んでいたので、現場の作業員がすることは採炭機械の操作や、払いの進行に伴う補助的な作業が殆どでした。
02.掘進現場で撮影していますが、空気中を舞う粉塵にキャップランプの光が当って光跡を描いています。1日当たりの掘削距離を稼ぐ為、食事や休息は交替制で、撮影は食事の時に行いました。仕事の肝心部分は奥で行っていて撮ることが不可能な為、帰途に就く途中の様子を多く紹介しています。
03.岩盤掘進の現場を撮影していますが、硬い炭層を掘進する場合と同様に大量の粉塵を舞き上げています。本格的に掘削を開始すると数m先も見えなくなり、酷い時は自分の足元だけが辛うじて見えるだけの状況になりました。
04.同じ現場を翌日撮影していますが、前日と同様に物凄い粉塵を巻き上げています。炭層掘進の場合には一方当たり5mは掘り進むので忙しく撮影する余裕など無いのですが、岩盤掘進の場合には一方当たり1m程度しか進行出来ないので、余裕をもって撮影することが出来ました。
05.前日に引き続き同じ現場を撮影していますので、普段の作業環境と様子が良く分かると思います。
06.閉山の1年半前、人手不足の現場へ応援で行った時に撮影した映像です。
07.水平坑道を走る人車を降りた後は、専用のベルトコンベアーに乗って移動していました。現場までの距離が遠い時は、さらに奥まで延びる第二のベルトコンベアーに乗り継いで移動することもありました。
08.切削用重機「ロードヘッダー」が動いている間、鉄製アーチ枠や坑木など必要な資材運搬に多くの時間を取られますが、コンベアーが途中で止まることもある為、監視をまめに行う必要がありました。
09.撮影機材を始めて使用した時撮った映像ですが、セッティングの関係で暗い坑道も異常な程に明るく写ってしまいました。この坑道も元々は高さ3m・幅4m程はあったのですが、地圧の影響で低く狭くなっています。記録するには遅過ぎたのですが、場所によっては人が通るのも困難な所が沢山ありました。問題あり過ぎの坑道なのですが、鉱山保安監督官に指摘されない様、色々な工作が行われていました。
10.切削開始後の視界変化が分かる様、カメラを定位置に固定した状態で撮影しています。灯りの殆どが確認出来なくなるまでに視界が変化する状況から、粉塵の物凄さが分かると思います。
11.三番方と一番方との交替時間帯に撮影しています。ここは排気坑道でもある為、採炭機械が稼動した場合には粉塵が多く吹き抜ける場所でもありました。作業開始直前の為、視界の良い状況で現場の様子を記録出来ました。
12.閉山8日前に撮影していますが、池島炭鉱の地底世界を記録した最後の映像になりました。閉山間際には坑道の掘進を行う必要が無くなったので、余剰となった掘進作業員は採炭現場の応援に行くことが多くなりました。写っている状況は特別なものでは無く、普段の様子を淡々と記録したものです。もはや二度と見ることが出来ない光景になりましたが、寂しさと同時に懐かしさを感じてしまいます。
池島炭鉱での仕事納めの日に撮ったセルフポートレートです。地肌が見えているので大した汚れ方ではありませんが、炭鉱生活最後の記念として撮影した一枚です。