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私は軍艦島から約4km離れた高島で生まれ育っていたので、台風接近時に軍艦島が飲み込まれるかの様に潮を被る姿を度々目にしていました。この為、一度は荒れ狂う台風の姿を軍艦島の中から目撃し、撮って見たい気持ちがありました。 軍艦島へ通い始めたのは、池島の写真集を作る練習の一環でしかなかったのですが、ものにする為にも本気で取り組んだものです。撮影開始は1992年11月末からですが、当時は誰でも自由に上陸探索できる状況があったので、高島から出航する瀬渡し船を度々利用していました。 撮影には大型カメラを使用した時期もありましたが、暗い場所や台風の日、時化の日の海上から撮ることもあったので、35ミリ一眼レフカメラで撮る様になりました。 撮影を開始して2ヶ月にも満たない真冬の大時化の日でしたが出航し、今にも転覆しそうな状況の中で軍艦島の姿を撮ったことがありました。写真集を構成する重要な要素の一つだった為ですが、接近する台風の姿も軍艦島の中から撮って見たい気持ちがこの時すでに芽生えていました。この目的を達成するためですが、年初から少しずつ準備を進めていました。 6月27日、九州方向へ向かう台風3号の予想進路の中に長崎が含まれていることが発表され、私の心は色めき立ちました。その上陸予想時期は6月30日。それにしてもこれ程までに早く台風撮影のチャンスが訪れようとは思いもしませんでした。 6月28日、接近する台風の姿を撮影するため、瀬渡し船(ひろさち丸)に乗って軍艦島へ行き、島の中で一泊。6月29日、台風接近を感じさせる異様な雲行きが昼過ぎまで続いたものの、直撃コースから外れたのか、夕方には普段と変わりない状況に戻ってしまいました。 6月30日、瀬渡し船に迎えに来てもらい、高島へ戻りました。しかし、この日以降台風撮影を目的にした瀬渡しをしてもらえなくなりました。いくら自信があっても何か事故があったら今の仕事が出来なくなると強い態度に出られた為で、船長の気持ちは覆りそうにはありませんでした。船長の気持ちは良く分かりましたが簡単には諦め切れず、単独で軍艦島まで渡る手段を真剣に考え始めました。 しかし、さし当たっては台風専用の撮影装置を作り、軍艦島を観測しながらラジオコントロールでシャッターを切り、撮影する方法で行くことにしました。技術畑で働き、弱電の工作技術や経験が長かったこともあり、装置は約2週間で完成しました。 この装置には軍艦島-高島間の連絡用に使用したトランシーバーを活用しました。指令電波でカメラのシャッターを作動させることは簡単でしたが、島の中で暴れまくる台風の風音をモニターしたり、シャッターが作動したことが分かる機能を付加しました。当然ですが、装置は簡単には壊れないように堅牢かつ防水構造にしました。 あとは台風が来るのを待つだけとなりましたが、問題が山積でした。装置が確実に作動したとしても満足すべき映像が撮れるかどうか・・。本人が現場に居さえすれば苦も無く解決できることも台風接近時に現場へ行けない以上どうすることも出来ません。フイルム交換が出来なければレンズに付いた水滴さえも除去することが出来ません。肝心な時には姿が見えなくなることが多いので、完全なシャッターチャンスをつかむことさえ難しいという問題がありました。 しかし、高島側からもっと良い映像を撮ってみたい思いがあったので、今回に限り軍艦島には行かず、高島側から撮ることにしました。 台風は昼間に来るとは限りません。例え日中に来たとしても、再接近時には霞んで見えなくなる場合が殆どでした。今年、日本に接近または上陸する台風は2−3個と予想されていました。普段であれば来ても迷惑なだけの台風でしたが、この少ないチャンスをものにしたいと考えました。 8月6日、台風10号が北上。まだ沖縄に達していないものの、九州を直撃しそうなコースを辿っていました。現在は中型なものの、発達して大型になる可能性がありました。同日午後3時、軍艦島へ上陸し、台風撮影装置を51号棟屋上にセットして高島に戻りました。 8月7日、空は爽やかなまでに晴れ渡り、海は限りなく穏やかでした。俗に言う嵐の前の静けさと思いました。午後7時、台風が近づいていることを感じさせるような雲行きに変わりました。台風の中心付近の最大風速は40m、長崎を直撃するコースを辿っていました。同日夜、無人の炭坑住宅にテントを張り、台風が来るのを待ちました。 8月8日、午前7時、雨を伴った物凄い強風が吹き始めました。案の定軍艦島の姿は霞んで見えなくなりました。午前8時30分、時々軍艦島の姿が見えるものの期待したほどの高波は上がっていませんでした。午前9時、台風の中心は有明海の海上にあり、2−3時間後に長崎県か熊本県に上陸する可能性があると発表されました。 午前9時45分、軍艦島の姿がはっきり見えるようになりました。相変わらずの強風が吹いているにも関わらず、高波は思ったほどには上がっていませんでした。使える映像にはならないとは思ったのですが、台風撮影装置のテストを兼ね、シャッターを作動させる信号を送りました。 その後も強風は吹き荒れ、午後2時ころまで続きました。 8月9日、台風撮影装置を回収し、フイルム現像を行いました。シャッターを作動させる信号を送った回数分だけフイルムに像は現れていましたが、台風らしい迫力では撮れていませんでした。結局、大型台風が発生する9月に期待し、暫くの間待つことになりました。 9月15日を過ぎると、台風が日本に上陸する確率は低くなりますが、9月10日になっても天気図上に台風の姿はありませんでした。台風発生から日本に接近するまでの時間を考えると、台風撮影のチャンスは無いと思わざるを得ませんでした。 9月20日、台風19号が天気図に現れましたが、中国大陸に向かっていて期待できる状況ではありませんでした。9月21日になっても中国大陸へ向かっていたので、諦めの気持ちが芽生え始めていました。しかし、9月22日になって向きを変え北上開始。大型で弱い台風でしたが、その周辺部の影響が九州へも及ぶ可能性が出て来ました。これが今年最後のチャンスと思えたので、急遽軍艦島へ渡る準備を始めました。 9月23日、海は限りなく穏やかでした。望遠鏡で島の中と上陸予定場所の様子を確認。 午後1時10分、下双子防波堤先端から飛び込んで出発し、35分後に中ノ島へ上陸しました。その後、島の裏側まで歩き、25分後に再出発。中ノ島を出発して30分後には無事に軍艦島への上陸を果たしていました。高島を出発して1時間30分、実遊泳時間は65分でした。 軍艦島へ近づくにつれ押し戻される方向の潮流に会い、上陸までに少し手間取りました。それでも最初に予定していた時間通りに着くことが出来ました。 私は海遊びが好きだったので、2km前後の距離を泳ぐことはいつものことで、2−3時間は海に入ったままということも普通のことでした。高島から軍艦島まで泳いだのはこれが初めてでしたが、軍艦島-高島間往復に相当する距離を7月に泳いでいたので、高島から軍艦島まで泳いで渡ることには絶対の自信がありました。 どの程度の体力消耗があるのか、所要時間はどの位になりそうなのかもこの時にすでに分かっていました。潮の流れがある時にも、海上に白波が立つ程に荒れた状態の時などにも試していたので、最悪の状況でどの程度の影響を受けるのかも計算に入れることが出来ました。 潮流の影響が一番大きいことが分かっていたので、潮流が止まる時間帯を選んで渡りました。当時は鮫騒動の余韻がまだあった時期だったので、多少気持ち悪い部分はありました。軍艦島上陸後、キャンプ用具、水、食料、撮影機材の全てが揃っていることを確認し、キャンプを張りました。 9月24日、荒れて来そうな気配が全くありませんでした。このまま終わってしまうのかと一時は不安になりましたが、海の様子が次第に変わって来ました。午前10時、島の南側で高波が上がり始めました。迫力はなかったのですが、撮影を開始しました。昼を過ぎると強風が吹き始め、海は荒れ、まさに台風接近という様相になって来ました。時々巨大な波が上がりましたが、台風直撃時の太さ重さはありませんでした。 今回の台風では住宅街に面した側に高波が上がることはありませんでした。今回は弱い台風、しかも周辺部の影響下での撮影になったので、どうしても迫力不足な写真しか撮影出来ませんでした。 撮影開始後は、約8時間程カメラを構えていましたが、薄暗くなり始めた18時10分に終了。安全な場所まで戻って一夜を過ごしました。 9月25日、海は依然として荒れていて高島へ戻れそうな状況ではありませんでした。仕方なく、もう一泊することにしましたが、潮流が向かい潮になる前に高島へ着きたかったので、出発は明朝6時に決めました。 9月26日、4時20分起床。早目の食事を済ませ、荷物を片付けました。撮影したフイルムだけを持ち帰ることにし、予定通り6時00分に軍艦島を出発。楽なペースで泳ぎ、若干西方向に流されたものの、67分後には高島の地を踏んでいました。 1992年秋。撮影を開始して約10ヶ月。度重なる軍艦島上陸にも関わらず怪我一つすることなく、撮影の全工程を無事に終了することが出来ました。 写真集出版までには色々なことがありましたが、1993年10月25日、軍艦島写真集「崩れゆく記憶」を出版することが出来ました。ただ、写真集のタイトルが「軍艦島」でない為に店頭に並ぶ機会が少なく、一般の方にとって入手困難な状況が続いています。 以下宣伝ですが、プロの方や写真歴の長い方の場合にはこの写真集が労作なことが分かる様で、 数ページパラパラと開いただけで入手方法を聞いて来たり、表紙や著作表記ナンバーISBNをメモして行かれる状況があります。
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