| このページは、当サイトの中でも秘密ページの一つでした。アップ自体は相当以前からしていたのですが、積極的に紹介する内容ではなかったので、隠しリンクまたはリンクとは分かり難い形のリンク、または通常開くこともないページの中から辿り着ける様に設定しておりました。しかし、時効と言える程に時間も経過し、秘密にする程の内容ではなくなっているので、紹介することにしました。 |

| 2003年5月3日、7時32分。ゴムボート(ビニールボート)を使用し、軍艦島へ向かいました。 いきなりですが、テントと寝袋を運びました。途中沈没の可能性も考え、ウエットスーツを着用。最悪の時には泳いででも戻れる様に足ひれや水中マスクも積んで行きました。 |
| 生地の薄いビニールボートで渡る時は、常に最悪の状況も想定していました。実際に転覆したこともあれば、生地が裂けて沈没したこともありました。 |

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高島を出発して30分。漕ぐのを止め、現在位置の確認と状況を記録。ここは、過去にも行き来したことのある海域で、沖合いでの遊泳や潜水、遠泳の経験もあったので恐怖感は全くありませんでした。 |
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振り返って見て気付くのですが、高島からは思いっきり離れていることが分かります。ここまで良く来たものだと思いましたが、最悪の場合でも1時間程で戻ることが可能なので、殆ど気に止めることも無く軍艦島を目指しました。 |

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高島を出発して約1時間後、軍艦島は目の前まで迫っていました。過去に何回も来た事のある島ではありましたが、ほっとしました。 |
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当日は汗ばむ陽気でしたが、天気も良く海も凪で軍艦島まで渡るには最高の条件でした。軍艦島からは200m程離れていますが、とても浅い為に海底の様子も良く見えました。水中には護岸の欠片やクレーンの残骸と思われるものも広範囲に散乱しており、泳ぎながら海中風景を見て廻ることもありました。 |
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スリッパを履いていますが、足が濡れる可能性も考えた結果です。当然ですが、上陸した後もこのスタイルで動くことになりました。海を覗き込んでいて転覆したこともありますが、足ヒレや水中マスクまで海中に沈み、回収するのに大変な思いをしたこともありました。この経験以降、沈んで困るものは紐を通して置く様にしました。 |
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上陸後、ゴムボートは島の中へ引き上げ、テントや寝袋などは適当な所に隠し、久しぶりに訪れた島の調査を始めました。 |

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無人島の筈のこの島にも釣り人や撮影目的で上陸されていた方が何人も居ました。写真は、明らかに撮影目的で上陸されていると分かる方・・カメラバッグと一緒に小さな釣竿を申し訳程度に持参されていた方にお願いし、撮って頂いた時のものです。苦労して上陸した軍艦島でしたが、午後から時化ることも珍しくなかったので、早々に島を後にしました。 2003年5月5日、ゴムボートによる軍艦島上陸作戦を再決行。今回は左右のオールを1本に継いで使用しました。しかし、継ぎ手部分にバリが残っていたらしく、ボートの生地を10cm程裂いてしまいました。オールを漕いではみたものの空気の抜け方が早く、船体がVの字に折れると全く進まなくなりました。仕方なく泳ぐ準備を整え、水没したボートを引いて中ノ島へ向かうことにしました。春先はまだ水が冷たかったのですが、ウエットスーツを着用していたので寒さは感じませんでした。 ゴムボート沈没は想定の範囲内だったこともありますが、潜水経験が豊富なことと沖合いでの遊泳にも慣れていたことがあり、落ち着いて行動することが出来ました。また、沈没事故を起こした場所が中ノ島まで約100mと近い地点だったことも不幸中の幸いでした。使い物にならなくなったボートは中ノ島まで引いて行き、上陸後に放棄。カメラや三脚を運ぶ途中だったので、高島へ引き返すことは考えず、泳いで軍艦島まで運ぶことにしました。(深底の発砲スチロール製箱型容器にカメラなどの機材を入れ、三脚は上に乗せて運びました。) 再出発地点は島の裏側と決め、歩いて移動。あいにく、再出発地点には釣り人が居たのですが、今回が始めてではない旨を知らせ、挨拶した後に出発。中ノ島から軍艦島まで所要時間20分の予定だったのですが、5分程オーバーしてしまいました。 泳いで渡るのは久しぶりだったのですが疲れは全く無く、島の中をゆっくり見て廻わることが出来ました。※スナップフォト1の中で紹介している写真の大部分は、この日に撮ったものです。 帰りは潮流の影響なのか、中ノ島まで30分、高島までは1時間30分も掛かってしまいました。結果、軍艦島までの行き来にゴムボートを使用するのは現実的とは言えず、泳いで渡るにしても問題が大きいのでアクアスクーターを使用する様になりました。
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