アクアスクーターは軍艦島までの行き来に便利な実用マシンでした。
往復6kmの距離も1時間位で往復することが出来ました。
高島側から見える軍艦島は、まるで絶海に浮かぶ小都市。建築群は護岸で囲まれ、堅固な要塞島にも見えました。外観に独特の魅力が漂う軍艦島ですが、上陸した内部には更なる見応え風景が広がっていました。
アクアスクーターを買ったのは2003年の春で、価格は13万円位だったと思います。7000円もする専用のバッグは数年で使用不可能になったので、その後は1000円位で入手可能な安価なバッグを使用する様になりました。オプションのアクアフロートも一時使用したことがありましたが、セッティングの手間が掛かる上に荷物が増え、スピードアップにもつながらなかったことから極短期間の使用に終わりました。
一時は5000名以上の住民が住み、世界一の人口密度を誇った軍艦島。1975年に無人島になって以降上陸禁止の島になりましたが、現実には無断上陸も簡単で、無人島とは言えない状況が20年以上続いていました。この島には三菱経営の炭鉱が在ったことから、三菱の所有地てもあったのですが、その後高島町の所有に変わってからは地元の瀬渡し業者を利用しても上陸まではさせてもらうことが出来なくなりました。高島町から軍艦島までは3kmしか離れていないので、過去には泳いで渡ったこともありましたが、毎回そんなこともやっては居られず、軍艦島までの行き来の手段としてアクアスクーターを使用する様になりました。
購入したアクアスクーターの型番はAS600。始めの10時間は高速運転しない様に注意書きがあったので中速で運転。まだ水が冷たかったのでウエットスーツを着用。途中でエンジンが動かなくなる可能性も考えて足ヒレも装着。上陸間際に浅い場所を通る関係から水中マスクも着用。機材や水・食料・衣類など必要なものは濡れない様な工夫を施した上でまとめて袋に詰め込み、引っ張って行く様にしました。 当日の海上はとても穏やかで、釣り船も多かったのですが気にせず出発しました。高島から軍艦島まで掛かった時間は約40分。 想定した時間内に着くことが出来ました。
軍艦島上陸後は島の中を探索しながら写真など撮っていましたが、しばらくして島の中を覗き込む様に護岸の傍をゆっくりと移動する巡視船の姿に気付きました。軍艦島へ行く時の姿が相当に怪しかったのでしょう。誰が通報したものかは分かりませんが、当時は北朝鮮工作員の余韻も残っていた時でもあり、当方を工作員とでも勘違いした者が連絡したものと想像しました。巡視船の方もアパート屋上からカメラを構える当方の姿には気付いていたと思います。しかし、普段着に着替えていましたので当人と気付かれる筈は無く、慌てず騒がず堂々と撮影を続けました。
軍艦島には高島からゴムボートで行ったことが何回もありますが、風で流され易いので風のある日や時化の日には使用することが出来ませんでした。アクアスクーターを使用する場合には、風で流される心配はありませんが、時化の日と潮流の早い日・濃霧の時は用心する必要がありました。
アクアスクーターは機械なので、時々問題を起こすことがありました。最初に経験したのは、エンジンの回転が不安定になることでした。原因はキャブレター部の調整ネジの緩みと分かったのですが、エンジンの振動で緩んだものと直感。爪では回らない程度に固かったので、小型のネジ回しを持って行く様にしました。しかし、海中に漬かっている時は体もアクアスクーターも揺れるので、ネジ溝にドライバーの頭を合わせることさえ一苦労でした。この為、問題のネジ溝に長目のステンレスワイヤーを嵌め込んで半田付け。問題が生じた時は手探りでも調整可能に改造しました。
アクアスクーターを始動すると、スロットルレバーを操作しない限りアイドリング状態を続けます。AS600の場合にはマイナスドライバーで低速域と高速域の調整を個別に行うことが出来ますが、AS650の場合には低速域と高速域の調整部と思われる箇所はあるものの、プラスマイナス何れのドライバーを用いても回せる造りになっていませんでした。この為、最初から固定で調整の必要は無い造りとばかり勝手に思い込んでいたのですが、使用している内に緩みが発生するのでしょうか・・。初めて使用する時はアイドリング状態のまま海へ入れても止まることは無かったのですが、何時しか海へ入れたとたんに止まったり、スロットルレバーを戻すと勝手に止まる様な症状が現れる様になりました。症状が進むと、一旦止まった場合に水中での始動が出来なくなることが多く、遠距離航行を行う場合に大きな障害になりました。しかし、調整不可能と思われていた問題の箇所は特殊工具で回せると分かり、早速工具を自作。差し込んで見ると簡単に回すことが出来ました。ただ、余りにも軽く回り過ぎるので、勝手に緩む可能性の高い箇所と気付きました。アイドリング調整ネジは、締め込んだ状態から2回転分戻した位置が最良のポイントの様で、始動後アイドリング状態のまま海へ入れても止まることは無くなり、回転も安定したものになりました。しかし、時間の経過に伴い問題の症状が現れる可能性は残ったので、隙間にスペーサーを噛ませることで簡単には緩むことが無い様にしました。
海水に漬けて使用するアクアスクーターは使用後のメンテナンスが欠かせません。通常は真水の入った浴槽で1分程度運転。浴槽から上げた後に30秒間空運転します。半日もすれば自然に本体も乾くので、金属部分にオイルをスプレー塗布。点火プラグと一体の高圧ケーブルも劣化を抑える目的でオイルを塗布。長期間使用しない時は10日に一回、10秒程度エンジンを始動します。以上のメンテナンスを確実に行った為かどうかは分かりませんが、6年間使用することが出来ました。実際の使い方は結構荒かったので、6年間でも良く持った方だと思います。
使い始めて6年目には、アクアスクーターを変形させる程の落下事故を起こしました。問題の事故は、撮影を終えて戻る途中、何時もの出発ポイントへアクアスクーターを降ろす時に起きました。衝撃の大きさから完全に壊れたと思った程でした。しかし、スターターロープを引くと何事も無くエンジンは始動。ホッと安心したのも束の間、スノーケル先端を塞げは止まる筈のエンジンが止まらなくなりました。点検したところ、本体が変形した為に吸気部の接続エルボーが外れていることが判明。何とか海水を吸い込まない位置に固定することは出来たのですが、海中に入れると回転が不安定になり、今にも止まりそうな状況になりました。それでも何とか高島まで辿り付くことが出来ました。
キャブレターの吸気部とエルボーは辛うじて嵌め合わせたものの、使用中に海水を吸い込む状況も可能性として考えておく必要がありました。見栄えは悪いのですが、シリコン樹脂でエルボー周囲と接続部分をガッチリと固めることで対策。ここまでする必要があったかどうかは不明ですが、この問題個所から海水を吸い込む事故は一度も起きませんでした。
アクアスクーターは使用後のメンテナンスが欠かせませんが、劣化を止められない部品もありました。最大のものはゴム製の排気弁で、持ってもせいぜい5年と言うのが実感です。形が似ていたことから樹脂製の吸盤で代用したこともありましたが、1日で駄目になりました。排気弁には海水の逆流防止機能があるので、劣化した場合にはエンジンが掛かり難くなり、一旦止まると二度と掛からないと言う状況にもなりました。上は、点火プラグを外してメンテナンス中の写真です。
6年間使用して来たアクアスクーターでしたが、いよいよ動かなくなりました。排気弁の状況も騙し騙し使用していたのですが、激しい雨が降る中を航行中に動かなくなってしまいました。陸に戻ってプラグを外し、何時も通りの手順でメンテナンスしたのですが、回復する気配はありませんでした。原因は電装部の浸水と分かったのですが、前日に解体した後の組立てに問題があったらしく、オーリングが一部潰れる様に変形していました。その後、考えられる手は尽くしましたが、以前の状況にまで戻すことは出来ず、2台目のアクアスクーター「AS650」を買う嵌めになってしまいました。
軍艦島までの行き来に活用したアクアスクーターでしたが、年間20回程度使用していたので、6年間で120往復はしていることになります。1往復が約6kmに相当しますので、700km分の行き来に使用しています。 燃料満タンの場合には2時間走行出来たので、燃料切れの心配はありませんでした。それでも余裕があるに越したことは無く、常に満タン状態で出発する様にしていました。
アクアスクーターは機械なのでいろいろなトラブルを起こしますが、始動出来ても途中で止まることもあり、一番困りました。滅多に無いこととは言え、陸から遠い所で動かなくなった場合には、押して進むかアクアスクーターを捨てて泳いで戻るしか方法が無くなってしまいます。アクアスクーターを捨てる事態にまで至ったことはありませんが、数100m程度押して行くことは何回もありました。
一度、高島と中ノ島の中間付近でエンジンが動かなくなったことがありますが、戻るにしても進むにしても750mの距離を押さねばならず、最悪の状況でした。あと500m・400m・300mと、目測で残距離を計算しながら高島を目指しましたが、予定時間を2倍程オーバー。20分もあれば辿り着ける距離を、50分も掛かってしまいました。アクアスクーターを押して進む場合でも、90分あれば3km進めることを確認していたので、今回は特別運悪く、潮流が速い時間帯に事故っていたと分かりました。
山の天気はすぐ変わるとは良く言われることですが、海の状況変化も速い場合がありました。出発した午前中は凪でも午後から時化ることは珍しく無く、海面に白波が立ち始めると殆どの釣り舟が姿を消しました。この様な状況下で軍艦島を後にすることも多かったのですが、上写真の様な状況下でも体は水面上に出ている為、エクステンションスノーケルを継ぎ足す必要までは感じませんでした。
時化の日やうねりの大きな日、台風が接近する直前に行くこともありましたが、護岸に沿って潮が走っている場合には上陸も簡単ではありませんでした。走って来る潮の大きさとタイミングを見計らって突っ込むのですが、失敗した場合にはスノーケル先端から大量の海水を吸い込んでエンジンが止まることがありました。上陸後、始動を試みても始動する気配は無く、一時は押して戻ることも考えた程でした。点火プラグを外す道具も持って来ていなかったので本当に困りました。肩がだるくなるほどスターターロープを引いても、始動する気配は全くありませんでした。スターターロープが切れた場合には問題が更に大きくなると考え、一旦休憩。点火プラグの放電ギャップに海水が付着している可能性が高いと考え、海水を飛ばすイメージでアクアスクーターを叩いたり蹴ったりを繰り返しました。あくまでも緊急避難的な思い付きで試したのですが、結果はOKでした。今までかかる気配も無かったエンジンが、何事も無かったかの様に簡単に始動してしまいました。この日の経験以降、点火プラグを取り外す道具も持って行く様にしました。その後も、点火プラグを外さざるを得ない状況には何回も遭遇しましたが、全て解決することが出来ました。
海中にはクラゲや海藻など、いろいろなものが浮遊。ビニールや竹・木材も漂っていることがありました。これらを吸い込んだ時はエンジンの回転が重くなるので、すぐに除去しました。時にはカメラの紐を吸い込み、エンジンシャフトに巻き付いて動かなくなったこともありました。何とか問題の紐は取れたものの、沖合いで同じ様な状況が起こった場合には困るので、スクリューガードを簡単に外せる様に改造しました。
アクアスクーターを始動するにはスターターロープを引く必要がありますが、見掛けは丈夫そうに見えても簡単に切れてしまいます。実際購入して日も浅いAS650ですが、1年(22回使用)で切れてしまいました。肝心なときには何時でも交換できる様に予備ロープを携行していたので助かりましたが・・。ロープ交換の為にローププーリーを外して見ると、プーリーの溝の中でロープ同士がきつく噛み込んでいました。エンジンを始動する時にひどく引っ掛かる感じがあったのですが、この噛み込みが原因と思われます。予備ロープは若干径の太いものを選んでいるので、今後噛み込みの問題は起きないと思いますが・・。
アクアスクーターの最高速度は時速8kmとなっていますが、実際には仕様通りのスピードが出ることは無く、高島-軍艦島間を100往復した平均を取っても時速6km程度のものでした。本当に時速8kmが出るものであれば、軍艦島までの行き来も楽だったとは思うのですが・・。何処の世界においても、現実とかけ離れた能力を仕様として紹介するものの様です。
時速6kmとは言え、アクアスクーターで長時間引っ張ってもらうには辛いものがありました。極端に言えば鉄棒に長時間ぶら下がっている様なもので、手がだるくなりました。この為、10分間に1回程度はスピードを落として休む必要がありました。この問題については、アクアスクーター本体と自分の体を紐で繋ぐことで解決。片手運転も可能になったことから、余った片手でのカメラ操作も出来る様になりました。
軍艦島までの航路は釣り舟の行き来する航路でもあるので、存在に気付いて貰える様にスノーケル先端には目立つものを乗せる様にし、大雨の日にも雨水を吸い込まない仕組みにしました。後方確認も欠かせなかったので、バックミラーも取り付けました。海上濃霧で現在位置が分からなくなったこともあったので、必要に応じてGPSも持って行ける様に改造しました。
アクアスクーターは、軍艦島へ行く際に欠かせない交通手段になりました。瀬渡し船を利用した場合には往復で1万円程度掛かっていましたので、元は充分に取り返しています。ただ、一般の方には推奨できない渡り方ではありますが・・。
目標が数km先と遠い場合には、何時まで経っても近づいていると言う実感が得られませんでした。錯覚とは思うのですが、毎回感じていた不思議な感覚でもありました。滅多なことではGPSを持って行くことも無かったので、経過した時間から進んだ距離や現在位置を想像したものです。
幸運とは思うのですが、とんでもない位置でエンジンが動かなくなることはありませんでした。ただ、岸から数kmも離れた沖合いを行き来する場合には、潮流の速さも計算に入れる必要がありました。アクアスクーターを使用しているにも関わらず、1km進む間に200mも流されることがありました。特に、軍艦島と中ノ島間は速く、時化た場合には波高も高い海域でした。朝、渡る時は凪でも、午後には時化始めることも多く、ひどいうねりの中を戻ったことが何回もありました。
場合によっては、真っ暗闇の中を行き来する時もありました。本当に真っ暗な場合にはカメラにも周囲の状況が映らないので、ある程度周囲の状況が分かるものを紹介しています。通常は、朝日を含む状況を撮影する目的の時に実行しましたが、台風撮影目的がある場合にもこの方法を選択しました。まるで工作員さながらの状況とも言えますが、我ながら良くやっているなーと思ったものです。
暗くなってから軍艦島へ渡ると言っても、軍艦島・少なくとも手前の中ノ島の姿だけは確認することが出来ました。月が欠けた新月の日や曇りの日には軍艦島の姿が見えないことも多いのですが、中ノ島まで行けば何とかなりました。進むべき方向だけは分かっていましたので、対岸の野母半島を横目に進んでいる内に必ず見える様になりました。海中の状況は毎回見ていましたので、上陸の際に灯りを使用する必要はありませんでした。
台風撮影の為に行く場合、行くことが可能な状況の時に行くのですが、うねりで海岸線はひどく荒れていて、沖へ出るのも大変な場合が少なくありませんでした。下手をすると岩場で揉まれ、一巻の終わりとなる可能性がありました。この為、入水可能な場所を探すことから始めたものです。
台風撮影の為に軍艦島へ行った時の記録の一部です。
肉眼では周囲の状況も良く見えていたのですが、カメラでは満月と海面の一部しか記録出来ませんでした。
これだけ見えないと証拠にもなりませんが・・。
肉眼でははっきり見える状況なのですが、カメラではこの程度にしか記録出来ませんでした。
日が落ちた後は暗くなるのも速く、中ノ島を過ぎるころには殆ど何も写らなくなりました。
高島へ到着間際の映像です。風力発電塔だけが辛うじて写っています。
台風15号接近時の様子を記録していますが、直撃では無いのでこれ以上に荒れることはありませんでした。
台風18号接近時の様子です。2004年9月7日撮影。
霧の日の軍艦島は大体こんな感じです。ひどい濃霧に包まれる時もありましたが、長時間続かない場合が多く、ベストショットを撮るのも簡単ではありませんでした。
高島を出発する時には、数100m先が見えない状況の時もありました。GPSが必要となる場面です。
濃霧の日、目的地が全く見えない状況のまま出発しても、途中で霧が薄くなることも多く、海面に近い付近だけが辛うじて見える時もありました。時間の経過で濃霧に変わる場合もあったので、行って見るしかありませんでした。
GPSを使用している時の状況です。生活防水にはなっているのですが、ジッパー付きのケース(100円ショップで購入)に収めています。
軍艦島へ行く途中には中ノ島がありますが、ここまで来ても軍艦島の姿を確認できない場合がありました。
軍艦島まで100m位の距離でしょうか。撮影の為に大廻りしています。
必要に応じてエンジンを簡単に止められる様、スノーケルにバルブを取り付けました。※スノーケル先端から海水を吸い込む状況の時に、高速で吸気路を閉じれる様にすることが一番の目的でした。
雨の日にも良く行ったものです。悪天候の時は釣り舟の姿が無かったので、安心して行き来出来ました。
ドルフィン桟橋付近で撮影していますが、うねりのある日は護岸に沿って潮が走ることも多く、上陸や入水する場合にタイミングや場所を選ぶ必要がありました。
日給住宅で撮影しています。
日本のコンクリート高層アパート第一号の30号棟で撮影しています。
端島銀座と呼ばれた通りから撮影をスタート。日給住宅と呼ばれた集合アパートも紹介しています。
濃霧が出た時には必ず様子を見に行きました。軍艦島どころか中ノ島の姿さえも見えない時がありましたが、アクアスクーターで出発するころには晴れてしまうことが多く、折角渡っても無駄足になる場合が殆どでした。
霧の日には雨が降ることも多く、島の雰囲気に合う写真が撮れました。しっとりと濡れた姿には情感が漂っており、天気の良い日には決して見ることも出来ない特別な姿でもありました。
建築から100年近い建物は激しく風化。幾つもの居室が丸ごと消滅する程の大きな内部崩落も見られました。人が立ち入るには危険過ぎる為、先端にデジカメを取り付けた三脚を思いっきり伸ばし、アパートの中へ差し込んで撮影しています。
軍艦島を出発する直前の状況です。
アクアスクーターで行き来する場合、航行途中に振り返ることは殆どありませんでした。深夜や明け方に戻ることもあれば、ひどい時化やうねりの中も平気で行き来したものです。それにしても遥か遠くの孤島まで天候も選ばず良く通ったものと思います。
軍艦島上陸ゴムボート作戦決行

2003年5月3日、7時32分。ゴムボート(ビニールボート)を使用し、軍艦島へ向かいました。
いきなりですが、テントと寝袋を運びました。途中沈没の可能性も考え、ウエットスーツを着用。最悪の時には泳いででも戻れる様に足ひれや水中マスクも積んで行きました。
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