この台風は、2006年9月17日に撮影しています。上風呂とも呼ばれていた建物付近から撮影を始めています。崩落した建物の残骸が大量に散乱していたので、足元に用心しながら進みました。 |
島の中を移動する場合は危険な箇所も通らざるを得ない場合が多かったので、周囲の状況を良く見ながら移動しました。 |
プールにはすでに水が溜まっていましたが、これはまだ序の口に過ぎず、大荒れ時には一帯が水没することになりました。 |
周囲の島々は霞んで見えず、幻想空間あるいは未知の孤島に居る感じでした。今は比較的に海も穏やかですが、90分後には大荒れの状況に急変しました。 |
会議室だったと思われる建物の中から撮影を進めていますが、傷みの状況が良く分かると思います。事務所2階だった所は完全に崩落して跡形もなく、木材の山だけが痕跡を留めていました。護岸淵の地面は抉られた姿をしていますが、この一帯も水没することになりました。 |
以前は乗船桟橋が掛け渡されていた時があつたドルフィン桟橋付近から撮影していますが、うねりが大きい日や台風接近時には激流が走る様子が良く見られました。海上に造られた桟橋施設が度々流されたと言う話しも頷けるものがありました。 |
以前は切符売り場にもなっていたと思われる所から撮影していますが、壁に当たった激流の一部が反射して飛んで来ました。人道トンネルとも言われた通路は30号棟付近まで通じており、島の中が水没した時は排水溝に変わりました。 |
大荒れになると待避するのも難しくなると考え、十分に安全と思われる状況下のときに撮影しています。大荒れの時に近くで撮り続けたい気持ちはありましたが、全体の状況をバランス良く撮ることを優先していたので実行することは出来ませんでした。 |
護岸の一部が無くなった奥には外洋が見えますが、波の衝撃を受け良い場所だったと思われます。ドルフィン桟橋に当たって炸裂した海水が鉱業所の土地を覆う状況からも納得できるものがありました。 |
状況を見る限り、島の中に激流が走った跡に見えました。まだ本格的な荒れ方には程遠いですが、ついつい最接近時の状況を想像してしまいました。 |
午後1時を過ぎ、徐々に高波が上がるようになりました。状況が急変することは何回も経験していたので、安全に移動できる内に待避することにしました。その待避途中の状況を記録した映像です。 |
1時間前には地面が見えていたこの場所も、雪崩れ込む海水で覆われ始めていました。アパート入り口付近は僅かに水が流れている程度ですが、1時間後には一帯が水没。その水位は2mにも達しました。 |
31号棟の屋上から撮っていたのですが、護岸の高さも超え、アパート屋上にも達する潮が目の前で上がる様になりました。状況変化の速さと安全を考え、早々に退散することにしました。 |
31号棟内を通って退散途中の状況を記録しています。今はまだ大したことありませんが、30分後には大荒れの状況に急変しました。 |
灯台へ辿り着いた時には大荒れの状況になっていました。凄まじい量の飛沫が舞い飛び、南部プール付近は完全に水没していました。 |
灯台から台風を撮る場合、真正面から風を受けることが多いのですが、今回だけは真正面から風を受けることがありませんでした。お陰で三脚を使用する必要もなく、普通に立った状態で撮影できました。護岸周囲の状況も凄いのですが、沖合いから静かに迫り来る津波の様な高波は本当に不気味なものがありました。 |
今回もフイルムカメラで記録することを一番に考えていましたので、ビデオカメラは合間合間の使用になりました。それでもそこそこのものは撮れていると思います。 |
台風最接近の状況ではない筈なのですが、結構荒れています。他の撮影ポイントへも移動したい気持ちがあったのですが、なかなかふんぎりがつきませんでした。 |
当初の出発地点付近まで戻り、31号棟へ向かう過程を記録しています。映画館跡は潮を被り、1m弱水没していました。潮を被ってずぶ濡れになることは覚悟していましたが、案の定大量の海水を被ってしまいました。31号棟直下の通路も相当の深さで水没し、普段は見ることもない姿に変わっていました。 |
再度31号棟へ入りましたが、外は既に海水で溢れていました。初めて見た光景に多少なりとも驚き興奮しましたが、冷静に撮影を続けました。後日、アパート直下は2mもの深さで水没していたと分かりましたが、地上付近まで降りて撮ることにまでは気が回らず、室内や1階通路が水没している状況を撮り損なってしまいました。 |
打ち上がった潮は一見すると飛沫にしか見えなかったのですが、島の中へ落ちた時には水面を大きく揺らしました。人々か生活していた当時も同じ状況はあったと思いますが、島の中に建っていた木造家屋など簡単に破壊されても不思議はないと思いました。 |
映画館跡は完全に水没していますが、水が無くなった後で計って見ると水没した時の水位は建物フロアの中で自分の首付近まであったことが分かりました。その後3号棟屋上へ移動しましたが、護岸に沿って走る激流はドルフィン桟橋を飲み込んでいました。 |
3号棟屋上から撮影を始めて数分後には自身が吹き飛ばされそうな状況に急変しました。もっと撮りたい気持ちはありましたが、待避せざるを得なくなりました。 |
暴風は、野母半島方向から五島灘方向へと吹き荒れ、建物室内からは大量のゴミが吐き出されていました。空中を飛び交うものは障子紙の様な軽いものが大部分でしたが、ステンレス流しや畳、テレビも吹き飛ばされたのか、他のアパートの屋上や地上に落ちているものがありました。 |
島の中でも風の通り道とも言える所では吹き飛ばされそうな暴風が吹いていましたが、アパートの谷間は無風にも近く、移動する際にも問題を感じることはありませんでした。恐らく、島の中に建つアパート群それぞれが風の防波堤にもなっていたと思われます。それでも建物の状況は良く分かっていましたので、頭上の状況・周囲の状況を確認しながら移動したものです。 |
日没直前には空が明るくなり、夕日の姿も現れて風が弱くなりました。台風の目に入った瞬間だったと思われます。今回接近した台風では南部護岸が破壊される被害が出ましたが、日中は無事だったので吹き返しの風が吹き荒れた夜間に破壊されたと思われます。
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